中間管理職の苦悩④

前回までの記事

苦悩① 管理職歴10年を見渡して、外部環境の変化が苦悩を深めていった

苦悩② 部下持ち管理職の当初は陰と陽・失敗と成功の紙一重

苦悩③ 上司と部下との間での板挟みと相談相手の有無

事実でもあり綺麗事でもあり

さすがに10年管理職をしていて、会社も部署も何度か変わる中で、中間管理職を鼓舞?しようとする際に出てくるお決まりの言葉があるものだと知りました。

なんだかお分かりになりますか?

「あなた方、課長(中間管理職)こそがこの会社を支える最も重要なキーパーソンです。皆さんの力なくして、成功は成し得ません。」

これです。

的を射た言葉でもあると思いますが、穿った見方をすれば、一番負荷のかかるポジションにいてくれてありがとう、と聞こえた時期もありました😆

中間管理職も皆がんばっている

例の如く、こちらは中間管理職の実態アンケート調査結果の抜粋です。

ミドルマネージャーの8割で燃え尽きた感情が湧いてくるようです。

私が少し驚いているのは、月に1回以上の頻度でそれがやってくる、というもの。

ここまできていると、メンタリティは相当に疲弊していると推察しています。

ただ、実際はさまざまな企業と組織、職種があるので私の実感はごく一部に過ぎないわけだと推測しています。

このアンケート結果から見るに、もはや薄氷の上でいつ割れても不思議ではない緊張感ある世界で日々を過ごしている状態ではないでしょうか・・・

これで仕事が楽しいと心から言えるのでしょうか・・・私は否です。

それでも必死に耐え忍び、家族のため、部下のため、組織のため、何より自分のため、毎日頑張り続け、時折ガスが抜けていくかのようにこうした燃え尽きの頃合いがあるのかもしれません。

そう、逃げられない。いや、逃げていいのかすらわからない。

少なくとも、私はその一人でした。

耐えるしかないのか、と自問自答を繰り返していた時期があります。

今ここで逃げれば、これまで積み重ねてきたキャリアや社内評価・ネットワークなどが破綻してしまうのではないだろうか。家族から冷たい目で見られるのではないだろうか。これで転職してしまうとどこへ行っても同じことが起きてしまうのではないだろうか。であれば、ここで結果を出せるまで、または嵐が過ぎるまで耐え忍ぶのが一番いいのではないだろうか、と。

あるとき、私は完全にバーンアウトしました

  • 情緒的消耗(精神的にグッタリ)
  • 脱人格化(周囲に諦めの気持ち)
  • 達成感の低下(役割を果たせない無力感)

いずれも当てはまり、いよいよ、これは自分自身に異常警報が発令されていると理解して、上司に掛け合い、部署の異動を申し入れたことがあります。

初めて、だと思いますが、目の前の責任から逃げました。

元々、責任感強く、忍耐強いタイプです。正確には、でした、です。

こうした時、逃げた自分を責めてしまいそうでしたが、自分との対話を通じて、病気になる前に、健康を維持するために、自分の人生を台無しにしないために、逃げるが勝ちだと判断し、納得してのことです。

逃げてよかった

あの異常警報発令から4年が経ちました。

振り返ってみて、働く環境として良くなかったと今では冷静に見つめられます。

そして、我慢せず逃げてよかったと心から思っています。

もちろん失ったものがいくつかあります。満足以上の給与、誰かが積み上げた評価など。もっと大切なものもいくつか失いました。

ですが、失ったものがあれば、得るものもある。人生ってトレードオフの関係で成り立っているんでしょうか。

4年後の今の私は当時とは全く違った人生を歩んでいます。これは当時想像できなかった事態ですが、ここまで私が選択してきた道であり、後悔は微塵もありません。

まとめ

長い平社員の時代を超えて、中間管理職にようやくなった。結果、地位と給与と経験値が上がった。だが、反比例して、自分の時間と健やかな体と自分の望む生活は漸減していった、というのが私の中間管理職スパンでした。

端折ってしまっているので、極端な物言いになってしまっていますが、中間管理職の経験はそのポジションにならなければできない経験であることも踏まえ、とても貴重で時にやり甲斐のある素晴らしい業務だと思います。

ただ、失いがちな事柄もあるのも事実。

あらゆる事象には二面性がありますが、そこを理解しつつ、自分なりのコントロールの下で納得のいく仕事を続けていけるようにしたいものです。

Today is the first day of the rest of my life.

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